思いがけない訃報が最近多い。

芸能界なんて縁もゆかりもないから、訃報の多くは思いがけない事だけれど

それにしてもこの秋から続いている。

ずーっと昔、自分より二回りも違えば、訃報は残念でも割とすんなりと受け入れたもの。

でも、最近は自分に歳が近かったり、下だったりする。

要するに、自分自身が歳をとっている証拠なのだけれど。

訃報に接すると、意外にも好きだったことに気づく。

好きとかファンとかの目で見ていなかったのに、失ってみて

もう存在していない事を感じて、初めてのように気がついたりする。

「あ、ファンだったんだ」

そう思うと、寂しさが沁みてくる。

あき竹城さんは、なぜ「竹城」って芸名なんだろう。

東北なまりだとは思っていたけれど、山形らしい。

そんな事さえ知らなかった。

高見知佳ちゃんは、昔ファンだった。

思いがけず今年の参院選に出馬されて、その動向は見ていた。

落選されたけど、元気に頑張っているのだと嬉しく思った。

そして、また忘れた。

そしたら訃報を目にした。

知佳ちゃんの名前、実は私自身の娘につけたいと39年前に思った。

実際は夫の決めた違う名前にはなったけれど、この訃報でそんな事も思い出した。

世の中の為に働きたいと、次の統一地方選を考えておられたらしい。

まだまだ元気で時折思い出す機会をくれるものだと思っていたよ。

残念で、そして寂しい。

渡辺徹さんは、大好きな「太陽にほえろ!」の新人刑事「ラガー」だった。

感覚はもう、友達のように思っていた。

満身創痍だとは知っていたけど、まさか、こんな突然に。

奥様と息子さん、立派で、すこし泣けた。

これからも、こんな感じで、後追いのファンとして寂しさを感じるのだろうか

生き続けるって、そんな事かもしれない。