63歳の日記

好きだったことに気づくのはツライこと

思いがけない訃報が最近多い。

芸能界なんて縁もゆかりもないから、訃報の多くは思いがけない事だけれど

それにしてもこの秋から続いている。

ずーっと昔、自分より二回りも違えば、訃報は残念でも割とすんなりと受け入れたもの。

でも、最近は自分に歳が近かったり、下だったりする。

要するに、自分自身が歳をとっている証拠なのだけれど。

訃報に接すると、意外にも好きだったことに気づく。

好きとかファンとかの目で見ていなかったのに、失ってみて

もう存在していない事を感じて、初めてのように気がついたりする。

「あ、ファンだったんだ」

そう思うと、寂しさが沁みてくる。

あき竹城さんは、なぜ「竹城」って芸名なんだろう。

東北なまりだとは思っていたけれど、山形らしい。

そんな事さえ知らなかった。

高見知佳ちゃんは、昔ファンだった。

思いがけず今年の参院選に出馬されて、その動向は見ていた。

落選されたけど、元気に頑張っているのだと嬉しく思った。

そして、また忘れた。

そしたら訃報を目にした。

知佳ちゃんの名前、実は私自身の娘につけたいと39年前に思った。

実際は夫の決めた違う名前にはなったけれど、この訃報でそんな事も思い出した。

世の中の為に働きたいと、次の統一地方選を考えておられたらしい。

まだまだ元気で時折思い出す機会をくれるものだと思っていたよ。

残念で、そして寂しい。

渡辺徹さんは、大好きな「太陽にほえろ!」の新人刑事「ラガー」だった。

感覚はもう、友達のように思っていた。

満身創痍だとは知っていたけど、まさか、こんな突然に。

奥様と息子さん、立派で、すこし泣けた。

これからも、こんな感じで、後追いのファンとして寂しさを感じるのだろうか

生き続けるって、そんな事かもしれない。