人生時間

人がやさしくなる時

今朝、食事の準備をしながら、ある人を思い出していた。

この人の事を思い出したことが意外だった。

それだけ、普段の記憶の中にその存在はなかった。

記憶のフタって、不思議です。

稀にみる嫌味な人

もう20年近くまえに亡くなっている人の話です。

仕事関係で、クリーニング店の社長で私の勤め先のお得意様。

店舗をブティックのようにお洒落に作ったり、いつも研究をしているような

熱心な社長であり、そして、とても嫌味な人だった。

やたら上げ足をとって、人を叱責したり、挨拶代わりに嫌味を言うような人で、

社員や関係者の成長を願っての行為とは、とても思えない人だった。

根本がそうなっているのか、それでバランスをとっているのか、

とても出来た人には思えなかった。

年賀状

ある年の仕事始めの頃、その社長から電話があった。

「○○○さんも、ずいぶんと偉くなったもんだね。俺には年賀状ださないんだ」

○○○は私の会社名である。

なんでも、年賀状のチェックをしていたら、私の会社からの年賀状がないという。

年賀状を作っているのも、投函しているのも私だ。

そして、「必ず出すリスト」を持っているのも私だ。

あんなうるさい人に年賀状を出さないわけがない。

むしろ真っ先に出している。

「いえ。出していますよ」

「いいや、来てない。だからどれだけ偉くなったのか聞こうと思ってね」

これ以上言っても水掛け論なので、こちらも確信があるから折れはしなかったけれど

なにか手違いがあったかもしれませんね。

という事で、納得していただいた。(していないと思うけれど)

そんな連絡をわりと頻繁によこす人で、正直、あまりの「小ささ」にウンザリしていた。

阪神淡路大震災

震災の少し前に、社長は突然倒れた。

その時点で、一命は取り留めてはいたが、職場の復帰はとうとう出来なかった。

当分は奥様と社員で切り盛りをしたが、やがて会社を閉じた。

ある時、病床にある社長から電話をいただいた。

社 長

あなた、○○○さんで働いて何年になる?
長いね。よく頑張っているね。
ところで、○○○さんの本社、震災の被害はないの?
もし、困っている人がいたら、何かチカラになりたいから
教えてほしい。

私の勤め先は単独の会社であったが、親会社は大阪にあった。

そこに被害があったら、手助け、要するにお金を援助したいという。

会社関係では特に大きな被害がなかったようなので、その旨を説明して

お礼を言って、電話を切った。

驚いたのは、声にまったくチカラがなくて、受話器を耳に押し付けなければ

聞き取れないほどの声であり、慎重に聞いた先の言葉は、今までこの社長から出てくるはずのない

いたわりだったり、優しさだったりした。

何でも、震災のニュースを見ていたら、ふとわが社の親会社の事が頭に浮かんだという。

脳梗塞の後遺症で、身体も言葉も不自由で、何もできないけど、お金なら出せる。

自分を頼ってほしいと言っていた。

人は最期、やさしくなるのか

結局、この電話のすこしあと、社長は亡くなった。

60歳前後だったと思う。

この社長の本質が、良い人なのか、イヤな人なのかはわからない。

そこを感じるほど、私は身近ではなかったし、家族と他人が持つ印象は違う。

でも、震災後の電話をいただいたことは、良かったと思う。

いただいていなかったら、私の中でその社長はイヤな人で終わっていた。

そうでない事を知ったから、それまでの嫌味なエピソードも楽しく思い出す事ができる。

今日、ふと社長を思い出したとき、年賀状の濡れぎぬを笑って、

震災の電話で、温かい気持ちになった。

去り際はやはり、心に残る。