人生時間

老いてゆく難しさ

これまでで、今が一番年齢を感じている。

普段はあまり年齢にしばられて生活をしていない。
体力年齢、精神年齢、見た目の年齢。
どれも平均のような気がする。
平均…? あったかな、そんなもの(笑)

今更自分の年齢に気がつく

最近よく出入りをしているコミュニティの話だが、
私の覗いている部門は、一部を除いて現役バリバリや、これから頑張るぜ!
と燃えている若者が多い。
ほとんどがそうである。

ちょっと気になる人はプロフィールを見るが、20代のなんと多いことか。
もちろん30代も40代も多くいる。
30代も40代も同じ。みんな若い。
若い人が総じて希望と情熱のかたまりとなっていて、非常に眩しい。
その心の炎は内に隠している人が多いように思う。
みんな羊の毛皮をまとっているんだね。
炎を見せずに生活しているんだ。

優しい人が中心にいるので、基本皆さん優しい雰囲気である。
どんな年齢の人が入っていっても、挨拶すれば放置をしない。
構ってほしくて自己紹介をしている訳ではないが、構ってくれたらやっぱり
放置されるよりは嬉しいものだ。
なので、礼儀として挨拶は欠かさないようにしている。

先日、あるページに入った。
軽く挨拶文をいれた。
すると、即座にレスをつけてくれた方がいた。
そのページの管理者さんなのだろう。
よく目にする人である。

レスはやっぱり嬉しい。

どれどれ…。

還暦なのに、すごいですね。
一緒に頑張りましょう!

そんなお返事をいただいた。

褒められた(笑)
褒められた?

意外にずしんとボディブローが効いた(笑)

優しさって、時にパンチになる(笑)

冬の雪道の交差点で、足元を気にしているおばあちゃんを気遣って
手を引いてくれる若者が目に浮かぶ。

その方のプロフィールを見ると、私の娘と同い年だった。
そりゃ、無理ないか。

ご自分の親御さん(特にお母さま)を思ったのかもしれない。

これからパソコンを始める母。
マウスも知らないかもしれない母。
キーボードを怖がって、どこも触れない母。
人差し指だけでツンツンしている母。
ディスプレイとキーボードの間でかたまっている母。
それでも挑戦したいと張り切る母。

そんな姿が見えたのかもしれない。

今日は昨日のつづきでしかない

歳をとるって、ある時突然おこるわけではない。

ある朝起きたら、いきなり60歳になっていたわけではない。
45歳くらいで生まれてきたわけでもない。
これまでの人生があったわけだ。

30代の人に、60代の事を想像しろというのは無理だろう。
経験していないんだし。

でも、毎日を積み重ねた結果、60歳になった時、お年寄りになっているだろうか。
事実としては60歳で還暦だけど、時間を受け止めてきただけで、昨日の続きでしかないと思う。

言われて初めて、年齢を意識するのではないだろうか。

これからは老いた背中を見せること

50歳になった頃から、「老い方」を意識していた。
我が娘に、親として老いてゆく姿を見せるのも、任務だと思っていた。

でも、50歳で「老い」を考えるのは少々無理があったかもしれない。
50歳はまだまだ若かった。

今60代になって、それはキレイごとだったような気がする。
老いはイヤだと、もっとジタバタしないといけないと思うようになった。

認めると、もう戻れないからである。

ジタバタしてみるか。それからでも遅くはない。

こんな自分を、見たことがなくて、やはり節目なのは間違いなさそうだ。